2010年3月17日水曜日

第1073回MS@相模原市

平成22年3月13日 午前6:30~7:30
於:ホテルセンチュリー相模大野
出席者:35社36名
テーマ:お葬式セミナー
    「その時、あわてないために」
講話者:ふじみ式典株式会社
代表取締役 中村義雄氏

本日はふじみ式典株式会社代表取締役で大和市倫理法人会幹事の中村義雄氏に“お葬式セミナー「その時、あわてないために」“と題してお話しいただきました。
中村さんと倫理の出会いは、千葉県でアスカグループの代表で、倫友でもある丸淳一氏との縁からです。中村さんが伊藤典範での修行を終えて、亡くなった父親の後継者となる時期に面倒を見てもらっている中で、「倫理をやれ」と折に触れていわれていたとか。そんな中で、海老名市の本社事務所に黒澤時三さんの日参に根負けして、入会したそうです。
本題の葬儀セミナーは、普段2時間近くかけてお話しされる内容をぎゅっ~と濃縮していただきました。葬儀屋さんの良し悪しは最初の電話で分かるそうです。金額を聞いた時に「(曖昧な)一式価格」しかいわないところはもちろんダメですが、その他の受け答えも常識的な考えて「あれっ」と思ったら、選ぶべきではないそうです。亡くなられた方を送る家族にとって、最後のお別れとなるセレモニーですから、自分たちが「どうすれば亡くなられた方が喜んでくれるのか」、「どんな葬儀で送り出したいのか」をしっかり伝えて、それを真摯に聞いてくれるか、がポイントだそうです。遺族の真摯な想いをキチンと受け止めてくれる葬儀屋さんならば、予算も踏まえつつ想いをカタチにすることで、ここまでやってくれた! と満足してもらえるとか。
ちなみに、一部の葬儀業者の中には、消費者に病院から自宅までの遺体搬送サービスと併せて、その後の葬儀サービスについても自社との取引を強制的に促す例があるそうですが、こうした行為は公正取引委員会が「独占禁止法に違反するおそれのある行為」と指摘しています。「一式見積もり」も同様だそうです。

参考:葬儀サービスの取引実態に関する調査報告書の概要(2005/7/27 公正取引委員会)
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/05.july/05072701.html

2010年3月6日土曜日

第1072回MS@相模原市

平成22年3月6日 午前6:30~7:30
於:ホテルセンチュリー相模大野
出席者:30社33名
テーマ:清き耳で学ぶ
講話者:社団法人倫理研究所
法人局普及本部首都圏方面
松本光司 副方面長


会員スピーチ:大石隆事務長

富士研の経営者セミナーに参加した。非日常的な中で過ごした3日間はあっという間であった。同室のメンバーとは初めて会ったのに、ごく僅かの時間で心を合わせられるようになれた。せっかくいただいたご縁なので、この縁を切らないようにしていきたいと決意した。

講話:松本光司 副方面長

倫理の強みは富士研で日常と異なる空間で学べることに加えて、その学びを実践する場が「毎週」開かれていることにある。他の勉強会は短期集中で厳しい修練をするが、その時は良いのだが、帰ってきて日常に戻ってしまうと、すぐに忘れてしまう。だが、倫理では富士研で学んだことを忘れる間もなく、すぐにモーニングセミナーで実践できる。まだ富士研を体験していない人は、ぜひ富士研の学びを体験してほしい。

知っているとやっているは違う、実践が大切。
「学ぶ」という言葉は「真似る」から始まったといわれている。そして、「研究」と「学び」は似て非なるものである。
「研究」は、まず事実をベースにして、その事実を疑って、なぜ…と突き詰めて、本質を見出すことにある。
「学ぶ」は、誰かに付き従って、その師匠筋をそのまま同じように(行動や言動を)真似ていくことにある。
よくいわれる「守・破・離」の第一ステップの「守」もそうで、師の教えを守る、つまり真似ることである。
このステップの妥当性は、倫理の原則にも沿っている。「発顕還元の原則」である。「発顕還元の原理」とは「出せば入るの法則」とも言われている。学び向上したいという気持ちがあるならば、まず、自分の持っている先入観や価値観を全て捨てて、空っぽの状態になれば、自然と良いものが自分の中に流れ込んでくる。

自分自身も富士倫理学苑で研究員としての学びをスタートした時に、行き詰まった経験がある。最初に「万人幸福の栞」を丸暗記せよといわれた。自分は、両親が倫理に触れていたこともあり、日頃から「栞」には触れていた。しかし、30歳過ぎに入所したこともあって、記憶力は落ちている。1条、2条は覚えられたが、3条から先がどうやっても頭に入らない。同期の若い人はどんどん先に進んでいく。
困り果てて教官に相談した。テクニックを教えてくれると思ったら、一言「捨て切れていないよね」と。
高校を卒業してから12年余、親の会社を引き継いで経営者のような状態だったこともある。研究所に入所するにあたり、身辺整理をしてきたつもりだったが、つまらぬプライドを捨てきれていなかったのであった。
そのプライドを捨てるために、持ち物のうち必要なもの以外を捨てて、気づいたらすぐ清掃する実践を言い渡された。
そうすると、覚え方は何も変えていないのに、スッと頭に入ってくるようになった。特に汗をかいて掃除した後の頭が空っぽになった時に覚えた時は効果覿面だった。結果として、期限の2週間前にクリアすることができた。

「清き耳」とは釈迦の言葉で、何もこだわりを持たずに聞ける耳のことである。釈迦は甘露に入る門が開くか否かは、清き耳を持っているかにかかっている、という。子供をみていると分かるが、彼らは聞いたことをそのまま実行するので、大人よりも学びの速度が速いという。子供のように素直に聴いた、学んだことを実行すれば、効果的に学べるはずである。人生の梯子をひとつでも上に昇りたいと学びに触れているのに、自分の価値観という目の前の梯子にしがみついている人が多い。何を得るためには何かを捨てるしかない。
梯子を一段でも上に上るためには、握り締めている手を離す必要がある。栞をそのまま読む、マニュアル通りにMSを進めていくことも、中身もさることながら、そのまま受け容れて学ぶ姿勢を体得していただく狙いがあるので、キチンと実践を続けてほしい。

2010年2月27日土曜日

第1071回MS@相模原市

平成22年2月27日 午前6:30~7:30
於:ホテルセンチュリー相模大野 出席者:37社41名
テーマ:聞いて得する! 音楽の持つ力と使い方
    ~感情豊かに日々を過ごす~
講話者:トルヴェールアート代表
    鎌倉市倫理法人会幹事 酒井良祥氏

【会長挨拶】
心を大きく変えて、明るく活力が高まれば、環境が変わり、運命が変わる。
一人一人が主役なので、自分一人の変化がみんなを変えていく力になる。
自分もより一層学んでいきたい。

【酒井さんの講話】
北海道興部町の出身。人口5,000人未満で、乳牛の方が数が多い町である。
11歳でギターを習い始め、20歳でアメリカに留学した。現在はプロのギタリストととして、またギターレッスンに力を入れている。ギターレッスンというと、ギターの弾き方を習うことが目的のように思えるが、より本質的な狙いは、コミュニケーションを深めて、その人の生活を良く引き出し、豊かにしていくことにある。
ある子供のレッスン生がいる。学校では殆ど話さず(話せず)、先生とも筆談でやりとりしている子だが、レッスン生と先生という立場の中で、「この曲イイよね」とYes・Noで答えられるレベルの質問をキッカケに、少しずつ話ができるようになっている例がある。また、引きこもりの中学生で、家ではネットワークゲームばかりやっている子がいるが、そんな子でもギターレッスンだけは行っているので、何とか続けさせたい、という親御さんの願いを聞いた。その子と音楽の話をキッカケに、ゲームの話につなげて、さらには「ちょっと外で遊ばない?」とコミュニケーションしていくことで、考え方が変わってくた。自ら「身体がなまっているので、運動したいと思ってます…」と言い出すように、考え方すら変えることができる。

アメリカに行った際は、来るはずの迎えはいなくて、じゃあ大学に行けば、と向かうと春休みで閉まっている…なんてハプニングが続いていた。くよくよしていても仕方ないので、街でギターをつま弾いていたら、たまたま日本人が見かけてくれて、3日ほどお世話になったこともあった。

音楽には感情を左右する力がある。明るい音、暗い音…こんな短い旋律でも心が動く、逆にいえば感情のコントロールができる。こういう気持ちで聞こう、と目的を持って聞くことで、一層効果的に感情を操れるのではないか。音楽といわず、特定の音でも良いので、日常の仕事や生活に取り入れていただくと、華やいだ気分を演出できる。ギターだけでも良いし、ギターとバイオリン(鎌倉市倫理法人会の皆川会長の実娘はバイオリニスト)といった組み合わせでも十分でだと思う。

自分は鎌倉市は立ち上げ時から参加していたが、会場入りは7時過ぎ…という劣等会員だった。そこに実姉(先々週の講話者である齊藤理恵さん)を講師で呼んだところ、たちどころに入会して熱心に活動しはじめた。お姉さんは凄いなぁと眺めていたら、高村専任幹事(相模原市の会員だったこともある方ですね)から「MS委員になって」と言われて、ようやく朝起きできるようになった。そうした中で会歌の「夢限りなく」にある『人の喜び、わが喜びに』に共感できている。コンサートやイベントで「良かったよ」といってもらえることに、とても喜びを感じ、充実感を持てている。

最近は、単なる演奏会だけでなく、デザートを持ち寄ってみんなで食べるパーティなどのイベントも手がけている。こうしたイベントはレッスン生の親御さんに喜べてもらっていて、さまざまな人を巻き込んで喜んでもらうことが自分の喜びだと感じている。こうしたキッカケをもらえたのも、倫理との縁をいただいたおかげだと思う。学ぶだけでなく「人を喜ばせる実践」することが、自分に充実感や喜びを与えてくれることにつながっている。一例として「ありがとう」といい続けることで、自分にいいことが起きている。

【今日の演奏曲目】
・愛のロマンス(映画「禁じられた遊び」メインテーマ)
・Too Beautifil to sing(仮称)~倫理法人会MSのための曲
・Tango en skai(邦題「なめし革のタンゴ」)

2010年2月20日土曜日

第1070回MS@相模原市

平成22年2月20日 午前6:30~7:30
於:ホテルセンチュリー相模大野 出席者:41名
テーマ:飛び込みを制するもの、営業を制す
講話者:大同生命渋谷支社第2営業課 舩津知穂氏

長崎県出身の舩津さんは、平成10年に大同生命に入社しました。2人の子供たちを育てるため、自分の力で成長したい、そのためには一人前の営業になろう、との想いを抱いて、営業活動を始めます。しかし、入社して6カ月間、契約ゼロが続きました。入社以来だったらしく、周りから心配されていたとか。

最初の2カ月はひたすら挨拶の練習です。心を込めた挨拶ができるようになるために必要な過程でした。
3カ月を過ぎる頃になると、教員をやっていて「先生」と呼ばれた高慢な心がなくなったように思えました。
4カ月経つと、10人いた同期が3人辞めていました。一方で他の5人は着々と成績をあげていて、焦りが募る一方でした。
5カ月目には課長が「契約の話があるから行ってごらん」と言われましたが、「自分の力で獲る」と断ってしまいました。
その夜、帰宅すると「しまった」と思い、またそのために生活への不安を感じました。子供がいなければ…と子供を恨み、軟膏を塗り込む時につい八つ当たりしてしまった。
すると、子供たちがただならぬ様子に気づいて「疲れているのにごめんね」といったそうです。その「ごめんね」という言葉を聞いて、子供たちの存在の大切さに気づいた。その後、入社したときの課長の話を思い出しました。「営業マンは熱意×行動力×知識」だと。
「君の九州から子供を抱えて出てきた熱意は3、すぐに飛び出す行動力も3。でも知識がゼロ。足し算なら1ずつしか増えないけれど、勉強して知識を付ければ倍々ゲームで増えていくよ」。

飲食可の公民館でアポを取りにくい昼の時間に勉強することにしました。自宅から持参したおにぎりを食べながら状況設定をして、状況ができたらトイレに入って、手鏡を見ながら一人ロールプレイングをする…ということを毎日続けます。
こうしたロープレを鏡で見ることで、内観することができた。相手を値踏みする目線、相手の話を聴かずにたたみかける話し方、これでは獲れないなと気づきました。

相手の話を良く聴き、質問を待って答えていく。話すときはゆっくりと。質問も事前に準備する…ということを実践し続けた頃、「断っても良いので話を聴いてくれ」と見込客のところを回れるようになった。
7カ月経って1件獲れた。そのお客さまから「やっと舩津さんの言っていることが分かった」と。

その頃から今まで続けているのは、お世話になっている(税務)法人会の会員増強のお手伝通じて、ビジネスの和を広げることだとか。
2年前から飛び込みで獲ることは非常に難しくなったが、ビジネスの悩みを聞き、お互いに力づけ合う人の輪からご紹介をいただいている。これからも自分の元気を自分にかかわる皆さまに分けていくことを使命として頑張っていきたいと、元気に語られていました。

2010年2月13日土曜日

第1069回MS@相模原市

平成22年2月13日 午前6:30~7:30 於:ホテルセンチュリー相模大野
テーマ:実践 身体からのメッセージを受け取る方法 出席者:42名
講話者:鎌倉市倫理法人会副事務長・フロムアース代表の齊藤理恵(さいとうまさえ)氏


今回は、身体は多くのメッセージを伝えていること、言葉・心と体はつながっていること、そして自分でもできる手軽なメッセージの受け取り方、についてお話ししたい。身体に触れることを通じて、夫婦親子で愛和できて、健康も保てるものなので、是非ご家庭でも試してほしい。

齊藤さんがリフレクソロジーに興味を持ったのは高校生の時。テレビで好きな大相撲を見ていて、綴山親方と井筒親方が施術を受けて「痛い」という。それを見て「胃が痛いのですね」と分かる事を見て、何と人間の身体は神秘的なのだと感心した。そうした勉強を専門的にしたいと22歳でスクールの門を叩き、その後はスクールが運営するサロンでリフレクソロジーを手がけます。
その後、洞爺湖のウィンザーホテルに移って、単なる施術者を超え、ビジネスとしてヒーリングに携わるようになった。結婚して神奈川に出てきてからは、リフレ業界の不動産仲介も手がけるようになった。そうしたサロンは女性が夢を持ってスタートさせるが、四六時中仕事で辛くなって手放してしまう方が多いのも現実である。そうした顧客がついたサロン事業譲渡の仲介や居抜き物件の紹介も手がけている。そんな動きを見ている中で、せっかくやってきたのに残念なことにならないためのビジネスモデルを形にしたいと考えて、フロムアースという看板を掲げて出張型で施術を手がけることからスタートした。

リフレや癒しがブームになったのは、自分が始めた1999年頃で、「法の華三法行」と間違われたり、あるいは「リハビリ」と間違われたりしていたといいます。そうした忙しい日々の中で、1日8~10人の足を見続けていた中で、手相ならぬ「足相」があることに気づいた。足相が分かるようになったことで、イケメンの男の子でも足相を見ると「好きになってはいけない」と分かるようにもなったそうです。そんなことに気づくのは自分だけだと思っていたが、そうしたことが記された専門書も出ており、ウソではないのだなと感じ、安心した。
倫理との出会いは2年前に鎌倉で講話したことにある。4歳下の弟が鎌倉市の立ち上げにかかわっていた事もあって、講話者として呼ばれたのがキッカケで入会した。入会したことで朝起き型に生活が変わったとか。

リフレクソロジーが学問として確立したのは15世紀と言われている。当時は麻酔がなく、手術時には大変な痛みを伴っていたのだが、患者さんが痛みをこらえるため、手のひら足の裏を角に押し付けていたのを耳鼻咽喉科医が不思議に思って研究を重ねた。だが、エジプトの古代壁画の中にも足もみをしている絵があることから考えると、より以前から使われていたと考えられている。
リフレクソロジーは“全身の臓器や器官が身体の一部分に反射投影されている”という意味の「リフレックス」と、“学問”という意味の「ロジー」を合わせた、直訳すると“反射学”という意味の造語です。左右両方の足裏には身体全体のエネルギーの流れが反射投影されている10本のラインがあると考えられている。そこを刺激してエネルギーの通りを良くすることで、自然治癒力が高まり、身体改善が改善する効果がある。

今回紹介する方法を、自宅で楽な姿勢でやってほしい。

親指=頭/寝不足、考え事で疲れているにはブチブチが出る
中指の付け根=目(左足は左目、右足は右目)
親指の付け根=首
足の甲(母支球の裏)=肋骨
土踏まず=胃/さわってブチブチとしたり、痛かった時は何かがあるサイン
かかと=腰/体重を掛けながら押すと良い
土踏まずの対面=腎臓/二日酔いに効く

角質が溜まっているところは、悪いことをカバーしようとしている動きなので、そうした部分は要注意。
足は丁寧に洗って上げて、しっかり見つめて欲しい。

指で押してあげた方が力は伝わるが、拳を使う方法もある。
自分でやるとついつい手加減してしまうので、2人で互いにやりあった方が効果的。
指の回し方はネジと一緒で、右に回すと締まり、左に回すと緩むのがコツ。
施術後は水分をしっかり取って、水で流して「老廃物を流して」ほしい。

第1068回MS@相模原市

平成22年2月6日 午前6:30~7:30 於:ホテルセンチュリー相模大野
テーマ:幸福の条件 出席者:31社33名
講話者:倫理研究所法人局参事 中嶌武夫氏(株式会社メルセデスベンツ中央会長)



会員スピーチは、舟木久さん。今回富士研でセミナー受講した際に、喫煙場所が建物の外になったため、寒くて億劫なのでタバコを止める決心がついたとのこと。
昨年もお見せいただきましたが、中嶌さんは朝3時に起床、入浴、呼吸法(正心調息法)、タワシ健康法を実戦した後、写経をされています。今朝の分で23,319回目。30,000回を目標に、あと7年元気で生きたいと語る84歳の中嶌さんは、いつも通り講師卓を離れて会場の中央に進み、熱弁をふるいます。
ネガティブな考え方はネガティブなものを呼び寄せてしまう。だから陰口をいうならば「褒める」陰口をいうようにしているそうです。おカネに関しても同じで、使われてしまってはダメ。積極的に使うことで、最終的にいろいろなものが回ってくる。「仕事は忙しい人に頼め」ではないが、仕事がある人は結果として元気でいられる。
人生に偶然はなくて、会うべき人に会うのは偶然ではなくて、必然なのだ、と中嶌さんは語ります。菜根譚にある「6分の侠気と4分の熱」で人と接することが幸福でいられる条件のようです。

2010年2月3日水曜日

第1067回MS@相模原市

本日は、講師は株式会社ニッコー代表取締役で神奈川県倫理法人会相談役(先々代県会長)の山﨑貞雄氏、テーマ「すべてこれがよい」でした。26社28名の方にお聞きいただきました。
豆腐屋の息子として生まれた山﨑さんは、豆腐組合長との出会いで親の仕事が喜ばれていたことを知ります。そうした中で19歳の若さにして農水省の機関であった(現在は独立行政法人)農業総合研究所に派遣され、研究開発に没頭しました。研究所勤務の傍ら通った学校を卒業するにあたって、研究所から紀文を就職先として紹介され、25歳の春に入社しました。
紀文でもよい出会いがありました。さまざまな試作品を試食する際に、どんなものでも「これは売れるよ」といってくれる上司がいたそうです。あるいは「失敗したって潰れはしないから思い切ってやれ」とも。こんな「すべてを受け容れた」言葉があったからこと、次はもっとよいものを作ろう…と「希望に燃えて」しゃにむに頑張れたそうで、その努力が「豆乳市場の確立」という形で結実したそうです。
39歳で独立してからも、あいさつや掃除を徹底することはもちろん、最初に気づいたことをすぐにやる、嫌なところこそ出かけていくなど、「そこまでするか」というところまで人を喜ばせることをぶれずにやり続けることで、厳しい競争を生き抜いてきたといいます。しかし、人は自分に甘くなりがちです。「他人に見てもらうことで磨かれる」ことに気づいた山﨑さんは、会社の朝礼を積極的に公開しています。若い素直な社員たちは、見学者の感想から新たな気づきを得て成長しているそうです。

※今回はカメラを忘れてしまい、画像無しです。申し訳ございません…